近所の公園に、全身タイツで正装した中年男性たちが集まり、一斉に「無言の叫び」を練習していた。彼らは口を限界まで大きく開け、音を一切出さずに絶叫するという特殊な修行に励んでいる。リーダーの佐藤さんは、この練習が街の静寂を深めるために不可欠だと豪語していた。しかし、彼らが全力で空気を飲み込むたびに、ズルズルという不快な吸引音が周囲に響き渡る。通りがかった散歩中の犬たちが耳を伏せて逃げ出すほど、彼らの形相は凄まじく、視覚的な騒々しさは極限に達していた。彼らは互いの無音の深さを競い、静寂の極致を目指していた。
そんなある日、自治会から「吸引音がうるさい」という理由で、この練習の中止命令が下った。彼らは納得いかず、タイツ姿のまま役所に乗り込んだ。そこで佐藤さんは、職員たちの前で衝撃的な暴露を行った。「実は我々は、静寂を愛しているのではない。口を大きく開けている時に、飛来する虫を効率よく捕獲したいという習性に抗えないだけなのだ」と。彼はそう言うと、口の中に蓄えていた正体不明の甲虫たちを、役所のデスクの上に丁寧に並べ始めた。それは計算し尽くされた精密な幾何学模様であり、職員たちはその異様な美しさに言葉を失った。
役人はその芸術性に感銘を受け、練習の継続を許可した。しかし、佐藤さんたちは満足げに公園へ戻ると、今度は口を閉じて静かに座り込み始めた。不思議に思った役人が様子を見に行くと、彼らは甲虫たちに自分たちの「無言の叫び」を教え込んでいた。数日後、街には人間ではなく、数万匹の甲虫が放つ凄まじい吸引音が鳴り響き、住民たちの耳から鼓膜が消えるという怪現象が多発し始めた。静寂の追求は、最悪の形で完遂されたのである。
#ショートショート
0 件のコメント:
コメントを投稿